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転がる先の杖

サラリーマンの傍、自力で食っていけるよう奮闘し、己を磨く日々を綴ります。 スノボの大会出場を目指し、オフトレに精を出してます!

何が正しいかなんて、時代や組織、人によって変わるものだ。気にしすぎるな。

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その意見正しいの?

何が正しいかなんて、時代や組織、人によって変わるものだ。気にしすぎるな。

新卒入社9年目、工場勤務7年目のktg6です。

長年の工場勤務により、人の挙動をみて、その後の作業動線を察する能力に長けてきました。QC活動ネタあるあるとして、たいした事ないレイアウト変更などの作業を、いかにも盛大なプロジェクト風に仕立てています。。

中身は大したことなくても、言い方次第でそれっぽいストーリーになるものですね。。

さて、本題。最近仕事をしていてよく思うことがあります。

社会には往々にして、ルールや慣習があるのですが、これが人によって言うことが違う。違いすぎる一歩外を出れば、全く別の考えがそこにはあります。

なので、狭い視野で正論を押し付けてくる人の意見や組織のルールなど、不当に思う事だらけですが、「気にしすぎるな」という事です。

右から左で受け流してOK。と言いたいのですが、全く気にしないのは、受け手の人によりけりで悪手だったりします。なので、気にしすぎるな。です。

人によってルールの捉え方が180度変わる

数年前にあった職場の一例を出すと、こんな感じになります。


課長のAさん

部品の先入れ先出しは原則だ。例外は許されず、きっちり守るべし。

部長のBさん

ダンボールなど、消費期限のないものは神経質になる必要はない。そんな所に時間とパワーをかけるな。


これ、どっちも一見正しいことを言ってるようにみえるのですが、Aさんの言い分を律儀に守るとBさんからは批判される。逆にBさんの言うように、先入れ先出しを「選択」すると、Aさんからは「ルールはルール。ちゃんと守れ」と叱られる。

といったことが、特に規模の大きな組織では頻繁に起こり得るのです。

こんな形で、人によって言うことが180度変わるので、「一体どちらの言うことを聞いて行動したらいいの?」なんてことになりかねません。組織人の宿命ですね。

優秀な組織人でいると、ブレざるえない事も多い

ということは、みんなに合わせるのはまず不可能です。だから、自分の意見をもって、主張を貫く。というのが理想論ではありますが、そう簡単にはいかないのが社会の常。

大企業なんて、社内の権力者から承認をもらわないと仕事が進みません。だから、人に合わせるようにしなくてはいけない。そうこうすると、結局偉い人の意見が正論になってしまうのです。

課長のAさんが、物申すしたとします。うんうん、その通りですよね〜。そのあと、部長のBさんが全く逆の意見を言っている。

B部長、それは違いますよ! なんて言う人はまずいません。社内で生き残れません。

ということを長年繰り返せば、習慣でブレます。それが空気を読むという事でしょう。

正論よりだれが言ったかの方が重視される事も…

A課長が物申した後、干され気味のC平社員がボソボソ反対意見を出したらどうなるでしょうか?

大方、反対派の人から批判意見の雨アラレになるのがオチ。「お前が言うな」と、格差が発言力に繋がり、意見はその場の空気にかき消されてしまうという光景を何度も目にしました。

空気を読める大半の弱者はそれが分かっているので、声が大きい人の意見には決して反対はしません。表立ってはね。

どうすればいいのか? どうしているのか?

一般的な空気を読んだ平穏な処方術としては、自分の立ち位置次第で振る舞いを変えます。(セコイとか言わない…)

自身が有能で、人望もありイケイケなタイプの人は、反対意見の空気が出ようがガンガン押してもよいでしょう。ですが、その場合はフォローを決して忘れずに。相手のメンツを潰さないで意見を通すのが重要です。無駄に敵を作らない。

私の場合、

  • 同世代の気兼ねない友人との集まり

  • 仕事で上司を抜いた同僚レベルでの打ち合わせ

  • 趣味の集まりなどで自分の技能が高く立ち位置が良い

といった状況の場合は自分の意見をいいやすいのですが…

逆に自分の立場が低く、相手が基本目上の方々だった場合、

相手を立てつつ、問題点をさらっと「〜は気になっているのですが、大丈夫でしょうか?」みたいに告げるようにしてます。ですが、そんな気遣いばかりでは疲れますし、自分の意見とは逆の声ばかりだと精神的にしんどくなります。

人によっては押すところは押せ押せですし、時に衝突や戦いを恐れずに意見を通す事もできます。しかし、みんながみんなそうではない。

結局人は変えられないので、自分を押し殺す事が続くようになると辛いものです。

これまでの常識があっさり変わろうとしている

最近、メディアでよく耳にする「働き方改革」では、従来の終身雇用、残業を当たり前とする働き方を、根本から変えていこうというスタンスの元、様々な施策が検討されています。

数十年前は、だれが在宅勤務を肯定したでしょうか?

定時ダッシュが当たり前、残業は悪だなんて考え方、人によっては猛烈に怒られましたよね。

一生懸命頑張ってます感を出して、体育会系のように上の言う事は絶対で、キチッと言われた事を疑問もたずにこなす。

新人は有給使わず、早出、遅くまで残るのは当たり前。飲み会の付き合いは当然。

そんな、右向け右の空気が一気に変わろうとしています。

こちらの記事が分かりやすくまとめてましたのでシェア newspicks.com

副業に対する反応の違いからみえてくる事

ある日の職場にて、とある人が副業をしているのをみかけた、という話題があがってました。その時の反応は非難轟々。

しかし、直近では副業を容認、推奨する声が上がっています。

政府による「日本型雇用システム」への“究極のアンチテーゼ”といえるのが、正社員の副業の後押しだ。 厚生労働省は年度内にも企業が就業規則を定める際に参考にする「モデル就業規則」から、「副業・兼業禁止」の規定をなくし、「原則禁止」から「原則容認」にする予定だ。

私の周りでは、副業容認派、というか実際に「複業」を仕事のスタイルとして、日々働いている人もいます。

副業をすると、自分の価値は市場でどのように評価されるのかを冷静に判断することができるし、今、市場ではどのような仕事が求められているのかについても敏感になる。もちろん、人脈を拡大したり、自分の技能や知識を高めるキッカケにもなりやすい。

こういったメリットがあるのですが、自身の市場価値に関心がなく、今の組織で上手く立ち回る発想しかもたない人からすれば、バレたらどうするの? なんで本業をもっと頑張らないの? といった見方しかないのでしょう。

今の感覚だと、こういった意見の方や空気の方が世間一般的な印象を受けます。

得てしてこういう意見の人は、世の中の空気で副業がポピュラーになれば、手のひらを返す率が非常に高い。自分のみえる範囲の世界=常識であり、それが守るべく空気なのです。そういう人が非常に多い印象を受けます。

とうとう公務員にも副業推進の波が!

www.nikkei.com

インターネットやSNSの台頭で孤立せずに済む、恵まれた現在

ともすれば、環境次第で精神的にも物理的にも孤立しかねない、世間多数派からの「はみ出し者。」

救世主なるは、インターネットやSNS

どんなに少数派になろうと、同じ意見の人があっさりみつかります。共感する事ができます。右向け右ができない「はみ出し者」にとってはとても良い時代と言えるでしょう。

今まで、学生時代から集団行動で教育を受け、多数意見に耳を傾けるよう、都合の良いその他大勢になるような教育が当たり前だった我々ですが、ネットでは忌憚のない意見が飛び交います。

過去の記事や掲示板なども、ログが残るので、面白いように手のひら返しがみれます。

所詮、同じ人間が考えるルールであり、慣習であり、意見や考え方です。未来永劫正しいなんて事は起こりえません

正解なんてないので、自分なりの考えで進もう

ルールを決めるのは、強者だ。金と権力のある奴らだ。強者は自分に都合のいいルールを作る。だから、いつも弱者がわりを食う。

闇金ウシジマくんという漫画のセリフですが、ほんとコレ。弱者は不利なルールで戦わざるをえないのです。

だったらどうするか?

1.ルールの中で強者になる

2.自分ルールを新しく作る側になる

3.おとなしく従う

ほとんどがこの3択の中から選ばざるおえないでしょう。そうしないと食えないですから。

おとなしく従うのは至って一般的で、多くの人がそうして過ごしています。我慢さえすれば、無駄な争いをせずに済みますし、そもそも日本に生まれている時点で、物質的には恵まれているようです。足るを知ることで、その人なりに幸せに暮らせます。

組織人適性の高い人は、ルール内でのし上がるのが一番簡単ですね。その代わり、自分に嘘をつかなければならない事もあるかもしれません。どうしても避けられないしがらみも発生するでしょう。

ルールを作るのは一番難易度が高いと思います。よほどの天才か、強運の持ち主でもない限り、何も成果が出ない辛抱の期間を経験する事になります。

正解はありません。あなたはどうでしょうか?

目先の「常識」や「正しさ」に振り回されず、自分の芯をもって激動の時代を歩んでいきましょう。